「今は昔?ピアノ弾きハコ時代」

最初の仕事は銀座だった。
もちろんトラ、エキストラ
誰かが休みたい時に代わりに弾くのだ。

まだ東京に出てきたばっかで
右も左もわからない小僧の頃だった。

「初仕事の現場は‥‥。」

やっと店にたどり着いて、まずビックリしたのは
ピアノが掘りごたつのようになっていて
お客さんがピアノの周りに座っている事だった。

もう一つビックリした事、
真ん中のドとその少し上のソの音が出ない事、
要するに弦が切れていたのである。

ただでさえ下手っぴーなのに‥‥。(泣)

「古ぅ〜い曲の歌伴」

それでも数少ないレパートリーを
ぽろぽろ弾いていたのだが、
困った事に突然歌伴をやらされたのだ。
当時まだ世の中にカラオケはなかった。

んで知ってる曲ならまだしも、自分より30、40位
年上のおっさん達の歌う曲など
まったく知らなかった。

なので居残りさせられ、怒られ、
Keyが高いだの低いだの‥‥、
挙句にギャラは半分に削られ
夜中の3時にやっと解放された。
外は雪が舞っていた。(泣)

そんな初仕事だった。

「トラ専門の修行時代」

その後、六本木やそこいらで
いろいろトラをやった。

ナイトクラブやバー、キャバレーetc‥。

そのうち誰かからの紹介で
オールディーズバンドに誘われた。

「オールディーズのバンドマン時代」

男女のボーカルがいる6人編成のバンドだった。

まあ、そこでも歌伴なのだが、
曲が簡単なので助かった。譜面など見なかった。
だが所詮バンドマン、かなり扱いは酷かった。

まず控え室など無い。道ばたや物陰で着替えた。
またギャラが歌の人と比べるとかなり低かった。
まかないが出ても、ひどい店は卵かけご飯だった。

「士農工商犬ネコ植木鉢バンドマン!?」

その頃のギターの先輩K田さんの口癖は、
「士農工商犬猫植木鉢バンドマン。」だった。

植木鉢はリースなので僕たちよりも大事なのだ。

という事でその後もいろんなバンドを渡り歩いた。

POPS,JAZZ,ROCK‥果ては演歌まで‥‥。

ただ、今考えるといい経験ができたと思う。
いろんなハコにも出れたし、いろんな人とも演奏できたし。

「ハコでの勉強」

今、こういうハコの仕事は減少した。
もちろんカラオケのおかげでもある。

もう一つ、生演奏の需要が減った、
もしくは売れてる人以外の演奏は、
お呼びじゃないからなのだろう。

「これからプロを目指す人達へ」

最後にピアノ弾きから、
これからの人達へのアドバイス。

まず、ジャンルは問わずなんでも弾く事。
特にJAZZはいろんな意味で基礎になるので、
地道にコツコツ練習しよう。
もちろんクラシックもだ。
ハノンなんかもサボらずにちゃんとやっておこう。

また、いい音楽をいっぱい聞こう。
耳を肥えさせよう。感性を磨こう。
昔、音大生をたくさん教えていたのだが、
テクニックはあるけど
音楽を聞いてないので弾けないのだ。

アドリヴがモーツアルトみたくなっていた。

それとシンセもだけど、まずは生PIANOを極めよう。
いい音でいいタッチで正確なリズムで弾けるようにしよう。

そしてそれからシンセやオルガンに臨もう。

いつどんな誘いがあっても対処出来る様に
ある程度、譜面も強くなろう。
初見の現場も割と巡ってくるだろうから。
もちろんスタジオなんかの仕事も。

「武士は食わねど高楊枝」じゃないけど
明日、突然美味しい仕事が来るかもしれない!
(来ないかもしれない。)
から、いつでも準備をしておこう!

んでは、また。




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